淡海乃海〜水面が揺れる時〜

蒲生 賦秀

史実と同じく無鉄砲なところがある?
(私のイメージは工場長ですが。いや、ついついね。。)
史実では奥さんは信長の娘だったのだけれど、淡海世界では??
(主人公の娘では年が合わないよねー。福ちゃん行っちゃう?あ、養女かな)
でも信長に「目付常ならず」って言われるってどんだけー。(すっごいメンチ切っちゃったのか、はたまた、ナチュラル三白眼なのか)
史実では病死ですかー。是非に石鹸&美食(というより栄養がある食事)で淡海世界では長生きしてほしい!

史実では...

蒲生 氏郷

初め近江日野城主、次に伊勢松阪城主、最後に陸奥黒川城主。
蒲生賢秀の三男(嫡男)。
幼名は鶴千代。
初名は賦秀(やすひで)または教秀(のりひで)。キリシタン大名であり、洗礼名はレオン。
永禄11年(1568年)、観音寺城の戦いで六角氏が滅亡すると賢秀は鶴千代を人質に差し出して織田信長に臣従。
鶴千代と会った信長は、「蒲生が子息目付常ならず、只者にては有るべからず。我婿にせん(蒲生の息子の瞳は他の者と違う。普通の者ではあるまい。私の婿にしよう)」と言い、自身の次女を娶らせる約束をしたという。
天正13年(1585年)の紀州征伐(第二次太田城の戦い)や富山の役にも参戦。この頃に賦秀から氏郷(うじさと)と名乗りを改めている。
天正18年(1590年)の奥州仕置において伊勢より陸奥国会津に移封。
文禄4年(1595年)2月7日、伏見の蒲生屋敷において病死。享年40。