淡海乃海〜水面が揺れる時〜
明智 光秀
朽木家家臣。
浅倉家を退身後すぐに、基綱に仕える。
初期は「裏切るかも」と基綱に心中でディスられていたが、朽木家副将に指名、「十兵衛なら間違いない」と言う程に信頼関係を築く。
朽木が毛利を下した後は安芸を本拠とする。
基綱の中では「イケメン」判定。
史実では...
明智 光秀
永正13年(1516年)生。
美濃国の明智氏の支流の人物。
最初は、土岐氏に代わって美濃の国主となった斎藤道三に仕えた。
足利義昭に仕え、さらに織田信長に仕えるようになった。
天正10年6月13日(1582年7月2日)織田信孝・羽柴秀吉らに敗れて討ち取られたとされる。